プロフィール

加藤 有希(かとう ゆうき) Yuki. K

長年続けてきたトランペットで音が出なくなった経験を乗り越えて、もっと自由にラクに響かせ、音を楽しむことを1番大切に音楽活動をしています。

生徒さんとの対話を大事にしながら、生徒さん自身が今より一歩進んでいくために、すでにもっている自分の力を最大限に発揮するためのサポートをしています。


愛知県生まれ。

東京音楽大学 指揮研修生。

Self Quest Lab(アレクサンダー・テクニーク教師養成コース)に在籍し、研鑽を積んでいる。BodyChance出身・BodyThinkingコーチ。

 アレクサンダー・テクニークを嶋村順子、渡邊愛子、バジル・クリッツァー、ジェレミー・チャンス、真田由香、山口裕介、トランペットを藤井完、小原裕樹、指揮を三原明人、角田鋼亮の各氏に師事。保科洋指揮法クリニックマスタークラス受講生に選抜され、保科氏から直接手ほどきを受ける。

現在、名古屋市を拠点に各地でレッスンを展開し、中学・高校・大学・一般団体向けのセミナーも開催。

オーケストラで活動する傍ら、後進育成のため高校の吹奏楽部指導に力を注いでいる。

【オーケストラトレーナー実績】
  • 南山大学管弦楽団(2001〜2003,2006)
  • 金城大学管弦楽団(2006〜2014)
  • 名古屋市立大学管弦楽団(2008)
  • 愛知教育大学管弦楽団(2007〜2008)
  • 愛知工業大学管弦楽団(2007)
  • 東海学生オーケストラ連盟(2006)
  • オルカフィルハーモニー管弦楽団(2006〜2008,2014)
  • 新名古屋交響楽団(2009〜現在)
  • 菊里高等学校吹奏楽部(2000〜2003,2009〜現在)
  • 菊里高校吹奏楽部OBOG演奏会(2013〜現在)  他

【セミナー実績】
  • 室内管弦楽団 辯天
  • 名古屋シュピールシンフォニカー
  • 名古屋市立大学管弦楽団
  • 愛知みずほ大学瑞穂高等学校
  • 名古屋市立菊里高等学校
  • 北名古屋市立師勝中学校
  • 福岡県立春日高等学校   他

【推薦のことば】

呼吸器内科医 村田直彦 医師

私は呼吸器内科医をしています。

患者さんの肺や呼吸を多面的に評価し、肺がん、喘息、肺炎の患者さんの治療につなげるのが仕事です。

診療に役に立つ肺や呼吸の臨床生理は、特に楽器の演奏には役に立つことはあまりないと思いますが、肺の構造や呼吸の働きについては理解しているつもりでした。


そんな背景の私は、以前からアレクサンダー・テクニーク(AT)には興味があり、一度アメリカ人の役者の方のレッスンを受けたことはありますが、楽器専門の方の個人レッスンは初めてでした。


ATは、体は動くことが前提で、能動的に動けるようにし、固まることを避けるということが大事なことのひとつだと思います。

今回のレッスンで、「思考も」動くことが大事なのかなと思いました。

レッスン中の言葉で、私は「これでいいのか、確認したがっているのではないか」、という指摘が印象的でした。確かに!と思いました。

私は楽器演奏歴だけは長いですが、これまでいろいろな壁に当たりながらもすっかり納得できたことはあまりなく、もっと思い通りに演奏がしたい、そのためには唯一無二の正しい奏法を身に着けなければいけないという考えが、無意識のうちにあったのだろうと思いました。

いろいろ試してみながら日々違うことをやってもよいんだと思うようになりました。
体の使い方については、基本に戻って「頭が動けて背骨がついて来る」というATの基本から確認しました。

もっとも効果テキメンだったのは「脊椎が長いまま」楽器を吹いてみるということでした。

それだけで、なぜかいままでなんとなく苦労を感じていた音域間の移動がするっとできるようになりました。

その時はただ調子がいいだけかなと思ったのですが、その違和感とも感じるくらい、うまくいった感じは驚きでした。

後で聞くとことばを大事にしたレッスンを心がけているということでした。このような「気付きを得る」ということが、行動や思考の変容につながると思います。

体を使う楽器演奏には思いの外重要だと思いました。

体の使い方を通して得られる気づきが大事、となると専門とする楽器はあまり関係ないのかもしれません。

ぜひ素直な気持ちで、アドバイスを聞いてみることを強くオススメします!

村田直彦


オマケ

こだわり豆を仕入れて、自分で淹れるのが日課。

今すぐカフェをオープンできそうな道具がゴロゴロと自宅に揃っており、スペシャリティコーヒーを3,4種類常備している。

ネコ好きで、ずっとネコと一緒に育ってきた矢先、もしやと思っていたが、まさかのネコアレルギー疑惑浮上。

過去には累計30匹のうさぎを飼っていたこともあります。 前世はネコだったと確信しています。