20年越しの再挑戦 vol.4 「本番で発揮できた集中力」〜注意力トレーニングとアレクサンダー・テクニークの交差点〜

コラム

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20年越しの再挑戦 vol.1 〜のぞみと向き合うということ〜
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20年越しの再挑戦 vol.3〜本番の舞台で見えた景色〜


84分という長大な曲の本番で発揮できた集中力は、偶然ではなかったと感じます。

アレクサンダー・テクニークで大切にしてきた「感覚を洗練させる」ことと、注意力のトレーニングで実践した「意識の向け方」をこの1年間、日々の練習に取り入れてきたことが、確かな手応えとして本番に現れたのです。

集中力のためのトレーニング

私が取り組んでいた注意力トレーニングでは、注意を以下のような4つの象限に分けてとらえ、行き来する練習を重ねてきました。

4つの注意の方向

  1. 内側&狭い範囲
     例:指の動き、マウスピースと唇の接点など、ごく限られた体の部位への注意
  2. 内側&広い範囲
     例:体全体の動きや呼吸、姿勢バランスといった自分の体全体への注意
  3. 外側&狭い範囲
     例:譜面、近くで聴こえる他のパートの音、指揮者の動きなど、自分の外側の狭い範囲への集中。
  4. 外側&広い範囲
     例:ホール全体の響き、空間そのもの、自分を斜め上から見ているようなメタ認知的な見方、あるいはオーケストラ全体の響きの中に自分の音がどう混ざっているか、など。

この注意力トレーニングは、音楽家のメンタルトレーニング研究実践家 大木美穂先生の著書にも掲載されているものです。

私はアレクサンダー・テクニークのレッスンの中で、この1〜4のすべてをどこかで経験してきていました。意識的にも無意識的にも日々レッスンの中でも大切にしてきていて、自分にも比較的馴染んでいるものです。それを体系立てて非常にわかりやすくしてくださったのがこの4象限の考え方だと思っています。このまとめを最初に見た時は、かなり感激しました。

注意を向ける対象を行き来するトレーニング

この4つの注意を意識的に行き来しながら楽器を練習することで、「音楽の中で、自分の体や意識と切り離されることなく集中し続ける」という感覚が育っていきました。

実際に、84分間にも及ぶ大曲の中で、終盤まで集中が続いたのは驚きでした。
これまでの本番では、途中で技術的な不安が勝って集中が切れてしまうことも多かったので、「最後まで音楽の中にいられた」という実感は、自分にとって大きな転機になりました。

統合的なアドバイスをきっかけに

ちょうどこの注意力トレーニングに集中して取り組んでいた年明けの2ヶ月間、私にとって大きな存在でもあるお二人から、まったく同じ方向性のアドバイスをいただいたことも非常に印象に残っています。

ひとりは、本番で指揮を振ってくださった岩村力先生です。
「あと2週間、トランペットの1stとしてどんなことに取り組めばいいでしょうか?」と質問したとき、岩村先生はこうおっしゃいました。

「小さな音、大きな音、やわらかく繊細な音、本当にいろんな音色があるけれど、客席にどんなふうに音が届くか、どんな音を届けたいか、これを最後まで考え抜いてほしい」

その言葉は、1800人収容のホールで、”どんな音をどのように届けるか”という視点で練習を積み重ねていた私にとって、まさに今大切にしているド直球なアドバイスでした。

もうお一方は、トランペットの師匠である 福岡詩織さん(愛知室内オーケストラ所属)です。
彼女は、私が高校吹奏楽を指導していた当時の教え子でもあり、今は私の演奏を支えてくれる師匠でもあります。

定期的にレッスンをしていただく中で、福岡さんからは常に「客席に届く音とは何か」という言葉を投げかけられてきました。
「どんな呼吸で、どんな体の使い方で、どんな聴き方をすれば、“届く音”になるのか」
この視点を、毎回のレッスンで繰り返し教えてくださっていました。

音楽教育の現場ではよく「音を飛ばす」という言葉を耳にしますが、私個人の見解としては、「届く音」という観点とはまったく別物だと感じています。私自身はその「音を飛ばす」という言葉とはまったく異なる方向性で「音を届ける」という感覚を大切にしています。

「音を飛ばす」のではなく、自分自身が「届く音」を出す。

似たように聞こえるかもしれませんが、この2つは明確に異なります。
「飛ばす」と「届く」では、意識の方向性も、体の使い方も変わります。
それは実際に、多くの吹奏楽部やオーケストラを指導する中でも実感してきました。

「音を飛ばして!」という声かけと
「客席に届いている音を聴いてみよう」
という声かけでは、出てくるサウンドがまったく違うのです。

この“違い”は、目に見えないけれど、確かに聴こえるものであり、響きの質の違いとしても明確に現れます。そこにこそ、自分の集中力と、他者とのつながりの両方が重なる“音楽の真ん中”があるような気がしています。

  • 1800人のコンサートホールの空間を意識に含めること
  • 空間の中に確かに届いているはずの自分の音を聴き届けること

これらの意識は、力んでコントロールしにくくなる体の使い方とは正反対のものに感じました。

不安になった時ほど、全体を俯瞰する視点をもつことは、技術的な困難さをむしろ補ってくれることが何度もありました。

本番の場だけで、俯瞰的な視点をもつことが当然難しかったと思います。

毎日練習していた6畳半のスタジオであっても、いろんなリハーサル会場であっても、俯瞰的な視点を練習し続けたことが本当に役に立ちました。

本番のような極度の緊張の場面においても、「使い慣れたルート」として通っていくことができたように感じています。


20年越しの再挑戦 vol.1 ーのぞみと向き合うということー
20年越しの再挑戦 vol.2 ー決断と日々の試行錯誤ー
20年越しの再挑戦 vol.3 ー本番の舞台で見えた景色ー
20年越しの再挑戦 vol.4 ー本番で発揮できた集中力の理由ー

20年越しの再挑戦【総集編】大曲に向き合った1年間